2021

今まで使っていたブログがサービス終了してしまうので代替サービスを探していて、とりあえずはてなブログに落ち着いた。

そうこうしていたら大晦日になっていた。

持病の調子が一昨日の晩から突然急降下して、喘ぎながらの年越しになりそうです。縦になるのが難しいので今は布団の中でこの記事を書いている。大掃除と年賀状をぎりぎり終わらせておいてよかった…。

 

とりあえずこんな日なので、2021年を振り返る。

ほとんど病気の話をしているので、興味のない人はもっと楽しいインターネットに旅立ってください。

 

1〜3月:仕事が忙しかった。確定申告に奔走していた。体調が悪かった。

4月:仕事を辞めた。同時に病気のことが発覚した。

5〜8月:全体的に調子が悪かった。落ち着いてる日はコミティアの原稿をやっていた。

9月:体調は若干安定してきたものの、代わりに心がぶっ壊れた。

10〜12月:心を安定させることに試行錯誤する

 

このように書き出してみると本当に最悪の一年でしかないんだけど、Twitterを見ているとわかる通り(?)それなりに毎日楽しいことはたくさんあった。多趣味というのは良い…というか多趣味であることで何とか乗り切れた気がする。気を紛らわす方法はいくらでもあったので。

それにしても仕事を辞めたらやるぞ!と意気込んでいたことは30%くらいしか達成できず、映画もそこまで観られなかった。映画とか本のことはまた別で書こうと思っています。

 

一年位前から謎の体調不良に見舞われ続け、「コロナでテレワークになったりして生活も変わり、自律神経がイカれつつあるんだなあ…」と思っていたら、ちゃんと(?)病名が発覚してそれである意味ほっとした。この病気は前前(で合ってる?)総理と同じ難病で(どこへ行って病気の話をしても「総理とオソロッチじゃん!」という反応だった。ウケるけど(ウケるな)全然嬉しくない)寛解と再燃を繰り返す。現代医療では発症原因もはっきりしておらず完治方法もないのだけど、私の場合幸い軽症だそうなので、投薬と食事制限でゆるやかに寛解を目指す…という方向性で医者との間では落ち着いている。腸に炎症が起きている状態が続くので発癌リスクがあるのが少し怖いけど、なってしまったものは仕方ない…ので今は凪の気持ちで、ただただ寛解を待つ。

…この先の見通しさえ目を瞑られれば。

 

元々仕事を辞めたのは兼ねてより計画していた留学に行くためで、最初は2020年の頭くらいに退職して春ごろ留学する予定だった。しかしまさかのコロナ襲来により延期。上司もそこには理解を示してくれて「居てもらえる分には有難いから、また渡航の目処が立ったらその時言って」という温情ぶり、本当に感謝しています。

そして毎日留学先の状況(コロナや市中の様子、語学学校の状況)を確認していたところ、「今年の夏頃だったらなんとか行けるんじゃないか…?」という空気感になり、改めて退職の意を伝えて4月で仕事を辞める事が決定。学校探しやビザの準備に加え仕事の引き継ぎ業務にも追われ、奔走しながらもウキウキしていたところ、ある日尻から大出血し、びっくりして病院に行って内視鏡を突っ込んでもらったところ(全然痛くなかった)この病気が発覚した。もちろん病状が安定するまでは留学に行くなんてとんでもないので、また私の留学は無期限延期になった。退職一週間前で今更辞めるの辞めますとも言えなくて、そのまま辞めた。28歳、春だった。

オンラインで開いてもらった送別会では同僚のみなさんに「留学いいなあ!頑張ってくださいね〜!」と激励していただいて、しかしその時は病気のことがもうわかってて行けないことも確定していて、だけど(空気的に言えねえ…!!)って状態だったのでアザス…という感じだった。みなさんの優しさが突き刺さるように…突き刺さるように染みた。嬉しいは嬉しい…のに…!

留学に行きたいのも元々ふわ〜っとした夢だったのに、ここまで色々障害が出てくるとむしろもう何としてでも完遂しなくては…みたいな…執着になって来ている。ガンダム00の『儚くも永久のカナシ』の冒頭の愛が憎しみに変わるやつみたいな…全然違うけど…。

腸の病気に関してはこんな感じ。食事制限がある病気ですが、先生からは「そこまで症状重くないから、揚げ物などの脂っこいもの、スナック菓子、辛いもの、アルコールに気をつけて貰えれば」と言われている。以上だけ聞くと簡単そうだけど、日常生活でこれらを避けると案外楽しみが少ない。主食がカレーとプリングルスサワークリームオニオンでおやつが「燃えよ唐辛子」だったのでこれらを奪われた生活は少し色褪せてしまうし症状が酷い時はおやつにも結構困ったのでこの一年で一生分のマリービスケット(腸に優しい)を食べた。1日に摂取して良い油分や食物繊維が制限されているのは結構難しい!ただ本来はもっともっと食べられるものが少ない病気なので(『腸よ鼻よ』を読んで下さい)前向きに激うま粥作成スキルを上げている日々です。ザーサイと鶏ガラのお粥が美味しい。

食べ物をミスって症状が悪化すると、ものすごい倦怠感(二日酔いのひどいやつみたいな)、寒気(極暖ヒートテックとネックウォーマーないと生きられなくなった)、手足の痺れ、腹痛(これはなぜかそこまで酷くない)…という状態になるんですが、これも人によって症状がまちまちらしい。食べられないものも人によりけりらしく、自分で食べられるものとそうでないものを見極めるべく日々試しています。

症状が落ち着いてて元気な時は何でもできて、「今すぐ働きたいし渡航したい!!」という気持ちですが逆にダウンしてる時は「いつこんな状態になるかわからないのに遠い国でやっていけるのか…?」と落ち込み、それが代わる代わる。実は医師からは先日「今の状態なら渡航するのも無理ではないけど、自分が難病に罹っていることを忘れないで」と言われ、悩んでいる…。

あと心の方は秋頃に勝手にぶっ壊して、今は通院と薬で落ち着いています。薬のせいなのか自律神経の何かなのか、一日中眠いのと手の震えが結構つらいけど徐々に解放に向かうと良いな…。アイラインが引きづらいのが地味に面倒くさい。

 

留学の目処が経たない限り就職だとか婚活(したい)だとかその先の見通しも立たないので、早く何とかしたい気持ちがあり、あとあわよくば留学に行けたとしてもYOIの劇場版と被らないで欲しいです(邪念を捨てろ)

 

そんな感じで文章に起こすとボロボロだった一年で、皆様にご高説垂れるようなことは何もなく…念押しできることがあるとすれば「健康はいちばんの節約」「やりたい事がある人は早めにやっておこう」くらい。私も尻から突然血が出て留学行けなくなるとは思ってなかったので…。

こんな事ばかり書いていて前述と盛大に矛盾するんですが、それでも私は年々「今が人生でいちばん楽しい」と思っています。何となくだけど、自分という人間をわかって、楽しめてきている気がする。

 

また、なにより家族とか友人がいなければとても乗り切れなかった一年だと特に思っています。夕方頃真っ暗な部屋で一人でこの先のことを悲観している時、家族が帰宅する音が玄関先から聞こえると元気が出た。すぐパニックになって友達に電話かけたりしてたくさん迷惑をかけたけれど、その度に話を聞いてくれて本当に感謝しています。申し訳ない気持ちもいっぱいですが、私が皆といて楽しい気持ちになれる分おなじ気持ちになってもらえたら良いな…。

マシュマロたちにも元気もらいました。もはや何アカウント?状態ですがいつもありがとうございます。

そして、ファイアーエムブレム風花雪月がなくても乗り切れなかった。9月に私の人生にファイアーエムブレム風花雪月がログインしてくれたことは本当に大きい。ストレスが爆発した時の貧乏ゆすりが、抜毛が、ニンテンドースイッチのコントローラーを握ることに変わりました。本当にありがとう。今は7週目の金鹿ハードでユーリスとの結婚を目指しています。

 

映画、本、演劇、より一層興味を持ち始めた文字や言語の話、あと最近取り憑かれてるインテリアのはなしなんかもどこかでできたら嬉しいです。

みなさんの一年はどうでしたか。ご飯はおいしく食べられていましたか。来年、今年よりも良い年になりますように。

文字をポチポチしていたら回復して来たので、私はこれから風呂を磨いて来ます。

良いお年を!