椅子に座る

日本に帰ってきた。

カナダに3ヶ月半、イギリスに3週間。結局日記は二度しか書けなかった。帰ってきて今日でまる2週間、机に向かうこともできていなかった。やらなきゃいけないこと、会いたい人たちとの約束など必要最低限のこと以外はずっと布団の中にいた。ロンドンに比べたら東京はとてもあったかく、空港でコートを抱えて歩いたのが滑稽なくらいに思えたほどだったけれど、暦の通りに少しずつ、いや一気にかもしれない、寒くなってきた。そんな肌寒い気温の中で、ふかふかの羽毛布団に身体をくるまれた時の心地よさは筆舌に尽くし難く、私をどろどろにした。昼夜逆転という言葉も通用しないほど、一日中眠り続けていた。最初の5〜7日間くらいは時差ボケという言葉で済ませていたけれど、そろそろそうも言っていられないんだろうな。と思いながら毎日ベッドに身を沈め、まどろみに逃げて、あまりよくない夢を見ている。最近はずっと商業BLを読んでいて、こんなにたくさんの愛の形に触れているのに、どうしてこうも夢には反映されないんだろう。

毎朝、明け方4時ごろに一度起きる。思わずSNSを開くと、カナダの友人たちが起きて活動をしている。ツイッターでは、日本の知り合いたちが漫画を描いたりしている。誰かがいつもどこかで何かをしているということを実感すると、ほっとする。カナダはもう寒いだろうか。こちらでは、5時になる頃には鳥がもう鳴き出す。カナダでの毎日は色々あって、くたくたで寝ていたので明け方に起きることは少なかった。だから私はあの土地で鳥が何時ごろに鳴き始めるのかを知らない。

 

ごちゃごちゃの部屋の中で這いずるように生活して、少しずつ荷解きをして、少しずつ少しずつ前の日常を取り戻そうとしている、まだその最中。父に世話を頼んでいた観葉植物(3倍大きくなっていて自信を無くした)を部屋に戻し、ルームフレグランスを取り替え、加湿器に水を入れ、いない間に届いた郵便物などの書類を整理し、そして今日、帰ってきて2週間目でようやく椅子に座って机に向かい、PCを点けた。立ち上がりっぱなしだった各アプリケーションやブラウザには、留学のための情報がぎっしりだった。ブラウザでは空港の地図も開いてあって、心配性の自分に苦笑しつつ、もう終わったよ、と心の中で言いながらひとつひとつそれを閉じていった。とりあえず、長めの旅がひとつ終わった。

 

ちょっと休憩というには、私は長い時間を使いすぎた。人生100年と思えばほんの一瞬かもしれないけれど、焦る気持ちはある。心も身体も、きっとこれから先の人生長いこと病気との付き合いになる。付き合い方をまだ考えている。今は確かに何にも縛られていなくて自由ではあるけれど、私は「なんでも好きにしていいですよ」とポンと放り出されると途端にどうしていいか分からなくなる。ちゃんと先の筋が決まっている道を歩くのが好きだ。だから今の状況はふわふわしていて、毎日どこか少し怖い。でも働いていた頃の生活に戻るのもまだ少し怖い。こなせるだろうか。自分の中の、予想していない部分がまた壊れたりしないだろうか。

どっちつかずの心のまま、もう少しだけ眠っていようと思う。多分誰も怒ったりしない。もう少しだけ眠ったら、起きてみようと思う。とりあえず今日は椅子に座り、日記が書けた。それだけで私にはものすごい前進なのだ。