兄とする映画の話

兄から「アメリカン・ユートピアを観ましたか?」というLINEが来て、かなりの長文で返信をした。

シネクイントであの映画を観た時、私はデイヴィッド・バーンはおろか、トーキング・ヘッズも名前を知っている程度の知識で観に行ったのだけど(何故なら評判がとても良かったのと、何より監督がスパイク・リーだったから)劇場で観て良かったと思う。面白かった。エンターテイメント性とウィットに富んでいて、なのに突然平手打ちされたような展開が訪れたその時、最初はよく分からなかった「何でこの映画をスパイク・リーが撮ったんだろう」という謎が解けた。観て良かった。

そして周りに座っているおじさん達(平日の昼間に観に行ったのに、恐らくトーキング・ヘッズ世代の男性をはじめとする観客でほぼ満席だった)の盛り上がりが、劇場全体の空気を熱くしてくれたと思う。

コロナ禍なのでもちろん声は出せないけれど、熱気があった。とある曲のイントロか歌声かが流れ出した瞬間、隣の席の男性がわずかに身じろいだ。それで「この曲は彼にとっての大事な曲か、トーキング・ヘッズの代表曲なんだ」ということが分かった。

兄はブルーレイで観ているらしいので途中で寝てしまったらしいのだけれど、最後まで見て欲しい、スパイク・リーの映画だって実感する、と念押しする旨の返信をした。

 

多分私の家族の中では私と兄と父が映画を割と好きな方で、兄と私は面白い作品に巡り合って「しまった」時、お互いにLINEをする。それ以外の普通の世間話ではLINEをした事がない。LINEは全て敬語で(私の家族はメールやLINEは全て敬語)URLだけが送られてくることもある。

兄も私も元々そんなに映画を観る方ではなかったと思う。私は大学生でレンタルビデオ屋のバイトを始めるまではほとんど映画は観なかったし、兄は…兄の映画遍歴のことはよく知らない。でも普通にスターウォーズなんかが好きな青年だったと思う。

でもある年の暮れごろにLINEが突然来て「今年一番良かった映画は何でしたか?私は『サウルの息子』でした」と書いてあってびっくりした。

サウルの息子』はアカデミー賞外国語映画賞を獲っていて、第二次世界大戦下のユダヤ強制収容所が舞台の映画だ。

受賞のこともあり決して知名度の低い作品ではなかったけれど、兄の口から(LINEから)このハンガリー映画の名前が出てくるとは思わなかった。私もレンタルビデオ屋で働いていたので名前は知っていたけど、観ていなかった。その後観て、無言で見終えた。面白くないのではなくて、そういう映画だから。

 

兄とは趣味が完全に合うわけではないけれど、交わるところは大いにあるので、勧められたものは割と観る。勧められた最新のものは濱口竜介監督の『偶然と想像』だけど、私は『ドライブ・マイ・カー』を観た直後の興奮冷めやらぬところだったのでそちらのプレゼンで精一杯だった。

正月に『八甲田山』が観たかったので兄に借りに行った(持ってるとは言ってなかったけど兄なら絶対持ってると思った)ら、岡本喜八の『血と砂』が何故か添えられて手渡された。兄は岡本喜八が大好きなので、この映画も前冒頭部分を見せて熱く語られた。八甲田山と続けて見るにはちょっと重すぎる内容なのでまだ観ていない。

古い日本映画のことはお互い観ることが多いけど、私が小津を愛しているのに対して兄は「・・・・」という感じなので、そこは分かり合えていない。

彼はスターウォーズ、マッドマックス、岡本喜八黒澤明あたりが好きで、『マッドマックス 怒りのデスロード』は確か8回劇場に観に行って、8回目を見る時も「今度こそマックスが負けたらどうしよう」と不安でいっぱいだったらしい。

 

私たちは『牯嶺街少年殺人事件』がものすごく好きなので、この間久しぶりに観たあと兄にその話をしたら、兄もちょうど少し前に観た所だった。「好きなシーンを挙げるならどこ?」と聞くと、少し考えて「あの、学校で、暗闇からバスケットボールが飛んでくる所」と言われ、私は「そうなんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と叫んだ。

私もこのシーンが大好き。この映画の好きな所は「通常、心情や状況を伝えるために移されるであろう対象(表情とか)が意図的に移されておらず、容易に読み取る事ができない」という所で、その奇妙さが、この暗闇から突然ひゅっと飛んでくるバスケットボールにも憑依していた。そこが好きだった。兄がこのシーンをどう好きなのかは知らないけど。

台所でお茶を淹れながら、母が引いていた。

 

今日のLINEの最後は『あのこは貴族』は最高だ、という話で締め括られた。

去年観た映画でベスト10を作れと言われるならば、入れない方がおかしいというくらい私は何だかこの映画がとても好きで、大事だ。大事という言葉がしっくりくる。

今年のベスト10を作るならば、リバイバル上映ではあるけれど、もうドライブ・マイ・カーが入るのは決まっている。ベスト3かもしれない。今年に入ってから原稿などで忙しくて、まだ2回しか劇場で映画を観られていないけれど、そのうちの1本であるこの映画が君臨するのはもう決まっている。